2018年4月13日金曜日

なぜ差がないことにがっかりする?

ついに4年目に突入した環境バイオテクノロジー研究室。
1期〜4期生全部で学生は31人である。ポスドクやテクスタもいる。

今年も春になって今年もゼミがスタートした。暖かくなって生田キャンパスの動物たちものんびり散歩をしていた。



これまで、たくさんの学生のゼミでの研究発表をみてきた。ゼミ以外でも研究進捗や論文作成で研究の話をする。そうすると、いくつかの共通点があることに気づく。

そのうちの1つが、実験結果で「差がないことにがっかりする」「差がないと失敗だと思う」ことである。

例えば、最初に野生株と変異株Aのグリコーゲン(多糖、炭素の貯蔵源)の量を測定したとする。その結果、2つの株のグリコーゲン量に差がないと、「残念ながらグリコーゲンの量に差はありませんでした」という報告をすることが結構多い。一見残念に見えるのは無理もないかもしれない。

しかし、これは完全に間違いである。

そもそも、「残念ながら」という感情を混ぜているところもよろしくない。また、失敗を反省することで、「とりあえずその場はうまく切り抜けよう」という処世術に逃げている点もよろしくない(←これもすごく多い)。

それらに加え、科学的にも「差がないこと」はとても重要である。

例えば2番目の解析で2つの株の全アミノ酸量を測定し、野生株と変異株Aの全アミノ酸が異なることがわかったとする。

1番目の結果があると、2番目の結果を得た時に、変異株Aでアミノ酸量が変化したことだけではなく、変異株Aでグリコーゲンとアミノ酸の量比が変化したこともわかる。

つまり、1番目の差がないという結果にも科学的な重要性があるということである。

冷静に考えれば差がないことの重要性にも気づくのだけれど、研究は人間がやるもの。思い通りの結果が出ないと、つい感情が動いてしまい、落胆する必要のないところで落胆してしまう。焦る必要のないところ焦ってしまう。

そもそも研究ではそんなにすぐに結果はでない。4つも5つも解析をして、なかなか変化が現れないと研究のモチベーションが下がってしまう人も多い。

しかし、上記のことを理解していれば、差がない結果が出たからといって落胆する必要がないことがわかる。

新年度が始まり、新メンバーもやってきたのでいろいろと学んで欲しいことがたくさんあるのでブログで書いていこうと思うが、ぜひ「差がない結果の重要性」を理解してもらいたいと思っている。

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