2018年10月12日金曜日

学振DCに通らなくてハッピーだった話。

なんか学振の結果が出ているみたいなので、過去の話を。

学振とは、日本学術振興会のことである。英語の略だとJSPS。予算配分機関である。

なので、通常「学振」と言えば組織・機関のことなのだが、特別研究員制度を指すこともある。今日話題になっているのはこちらである。

学振DCとは、博士課程の大学院生が給料と研究費をもらいながら研究をできる制度である。毎月20万円。DC1というのに採用されると博士課程(博士後期課程)1年目から3年間、毎月20万円の給与がもらえる。

DC1の次がDC2で、博士課程の2年目から給与がもらえる。こちらも月額は同じく20万円だが、2年間になる。また、このDC2は博士課程の3年目に通ることもあり、この場合は博士課程3年目とポスドク1年の2年間もらえることになる。

ようするに、大学院生にとって学振DCが通るかどうかによって、大学院生としてのクオリティオブライフにものすごく差が出ると言える。

特に博士課程に進むと、同年代はみんな社会人としてお金を稼いでいる。そんな劣等感も吹き飛ばしてくれる制度なのである。

もちろん誰もが通るわけではなく、論文を書いて申請書を出し、審査を受けて合否が決まる。採択率はおよそ20%ということで、狭き門である。

この制度の応募は5月中旬から終わりである。DC1からもらいたければ、修士2年の5月に応募するということになる。

さて、今日のブログのタイトルは
「学振DCに通らなくてハッピーだった話。」
である。

自分の学振DCがどうだったかというと、現在PIになっているにもかかわらず、学振DCには通らなかった。そして、それのどこがハッピーなのか?という話である。


自分が大学院生の時どんな状況であったかというと、DC1には出したが、通らなかった。DC1には筆頭著者論文が1本あると、かなり確率が高いと言われている。しかし、申請時期である修士課程2年の5月には論文はなかった。

続いてのチャンスはDC2。DC2の1回目の応募はいつかというと、博士課程1年の5月になる。

しかし、このころは、論文を投稿はしていたが通っておらず、実験と論文で死にそうだった。いや、例えではなく死にそうだった。ということで、応募すらしなかった

そして、次のDC2の応募は、博士課程2年の5月になる。

・・・応募しなかった。

このころになっても1本目の論文がずっと通らずに疲れ果てていた。しかし、そうこうしているうちに2本目の論文投稿となっていた。投稿したのが確か博士2年の4月くらい。という状況で、2本の論文を投稿やリバイスなどで戦っていたのだけれど、通ってはいなかった。なので、論文ゼロ。実験に集中という感じで応募しなかった。いや、疲れていただけかもしれない笑。

その後、6月に論文がいきなりJBCに通り、長年かかっていた論文が8月にもう一本JBCに通った。ずっと苦しかったのに、なんだこの展開??と自分でも不思議だった。博士課程2年目の夏のことである。

なので、もう少し頑張れば応募の5月のDC2に間に合ったかもしれない筆頭著者論文があったら迷わず出していたことだと思う。いずれにせよ、論文が長い間通らなかったので、結局学振DCは取れず終いだった。


しかし、である。


何がラッキーだったかというと、実は論文が5月に間に合わず、学振DCが取れないことによって、百万円以上得をしてしまった。

おいおい、何を愚かなことを、と思うかもしれない。しかし、事実である。

どういうことかというと、以下の通りである。

自分は、博士課程の3年間、学生支援機構の奨学金をもらっていた(みんな知っている学生支援機構である)。

博士課程の第一種奨学金は月額12.5万円だった(←金額は少しずれてるかもしれない。正確な金額は忘れた・・・)。ただし当然貸与である。返済義務がある。

ところが、結果としては、博士取得までにJBCに2本通り、その他にもう2本論文が通った。これによって、3年間の奨学金が免除になった。当時はすでに免除職がなく、学内選考によって、奨学金の免除が決まるシステムだった。

そしていくら免除になったかというと、

12.5万円 X 12ヶ月 x 3年間 = 450万円

である。大きい・・・

そして、この日本学生支援機構の免除規定だけれど、これは所属の大学で決定される。そして、その当時の所属機関では、途中でDCに採用されたら、当然奨学金は終了(←これは当たり前かもしれないが)で、かつ、免除もなかった

どういうことかというと、もし論文が少し早く通って5月の学振申請に間に合い、博士3年目だけDC2に採用されたとしたら、
博士3年目 
月20万円 x 12ヶ月 x 1年 = 240万円
をもらえたことになるが、学生支援機構から借りた
博士1, 2年目 
月14万円 x 12ヶ月 x 2年 = 336 万円
を返済しなければならなかった。

ようするに、
博士課程3年間の合計は、
240 - 336 = マイナス96万円
である。もちろん、そんなに使わなければマイナスにはならないが、それでももらえた金額は240万円だけである。

ということで、少し論文が早く通り、学振に通っていたら(いや、通らなかったかもしれないが笑)、200万円以上損していたかもしれないのである(※免除の基準は大学などに依存するので、必ずこれが当てはまるとは限りません)。

言うまでもないが、当時はこんなことを考える由もなく、単に論文が通らなくて、学振DCを通せなかっただけである。

しかし、人生にはこういうこともあるもので、短期的な結果で、たとえそれが悪かったとしても絶望する必要はない、むしろハッピーなことすらあると、身をもって知ることになったのである。

学振DC、学振PDが通るに越したことはないと思うけれど、通らなかったからといってがっかりしすぎる必要はなく、こんな風に、逆転現象や再浮上などがいろいろあるということを伝えたかった。

今自分のラボは、学部・修士の学生がメインだけれど、やはり若ければ若いほど短期的な結果にとらわれてしまう。上のような事例をことあるごとに伝えてはいるのだけれど、経験してみないとなかなか納得できないかもしれない。学生たちには繰り返し伝えているのだけれど、短期的な結果って、結局誤差みたいなものなので、あまり深刻になりすぎず、自分のやるべきことに集中すると良いと思っている(なんか、長老みたいなブログになってしまった・・・・笑)。

ということで、長くなってしまったが、学振DC・PDが通った人にはおめでとうと言いたいし、通らなかった人には、上のような例もあるので、くよくよせず研究を続けましょう!と言いたい。人に言っている場合ではなく、自分もまだまだ頑張らねばだけれど。。学振にせよ、科研費にせよ、ドキドキするものがある人生は悪くはないと思っている。

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