不思議。博士課程なんてと揶揄する声は昔から今もいくらでも聞かれるのだけれど、一方で、社会人をやっていると、なぜか博士号は欲しくなる人が多い。
不思議・・・
ただ、なんで資格が欲しくなるかというのは理解できる。
自慢したいとかマウントされて腹が立つからというのもたまにはあると思うのだけれど、1つの理由は時間と労力の節約になるからである。
博士号に限らず、資格があると、物事が早く進むことが多い。
何が節約かというと、資格を持っていると、例えば仕事の案件が発生したときに「とりあえずじゃあこの人に任せれば良いか」となる。一方で、案件を受けても誰もその関連の資格を持っていないと、その仕事を誰に任せるかの議論になって、そこでまず時間や労力を費やす。
その後、なぜその人がその案件を受けたかについても、内外で説明が必要となる。また時間と労力を費やす。
資格があると、こうしたところをスキップできることがある。
自分も特許を散々出してきたので、次は実務がいらない特許関連の資格でも取ろうかなと思っている。理由は上と同じで、時間と労力の節約になるから。何の資格もないと、よくわからない説明を聞かなければならないからである。
特許関連も弁理士はともかく、ちょっと特許を取り扱いましたみたいな人のそれっぽい知識を聞かなければならない。本人は有用な意見をいっぱい言っているように思うかもしれないけれど、専門家でもないので、大したアドバイスにもならない。
こうした意見を聞くのに毎回時間を使ってしまうので、面倒だなと思って資格でも取ろうかと思っている。資格があると、相手もわざわざ説明してこないので。
ということで、 資格とは、時間と労力の節約のためにあると思っている。もちろん、他にもその仕事をする権利のためなど、理由はいくらでもあるとは思うけれど。
それにしても、博士号というのは不思議な資格だなと思う。
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