2019年7月14日日曜日

レポート採点における矛盾したリアクションについて

学生実習を行えばレポートを作成することになる。農芸化学科は学生実習が多いことで知られる学科であり、たくさん実験をする。そうすると、たくさんのレポートを書くことになる。

レポートを書くことは、本当に重要な勉強である。

テストのように解答の枠組みが決まっているわけではない。自分で調べて、どのような構成にするかを考え、まとめて行かなければならない。

指定された内容を調べるだけでなく、レポートの書き方そのものを勉強したり、他の人が調べない周辺知識を自分で調べて、選別して記載することもある。テストのような形式張ったものに比べて、社会人の仕事に近いものだとも言える。

レポートの採点をするのが、先生としての仕事の1つだが、採点をしていて難しさを感じることがある。

それは何かというと、レポートの採点をする以上、点数(S, A, B,・・・)をつけなければいけないのだが、レポートを返却すると点数ばかりに気を取られてしまうことである。

いや、まあ、誰だってそうだし、そもそも点数、偏差値と小学生くらいからずっと大人に言われ続けてきたのだから当然だと思う。

そして、点数をみてどうなるかというと、
1. 良い点数がついた人は、添削コメントをよく見る
2. 悪い点数がついた人は、添削コメントをあまり見ない
という傾向がある(あくまで傾向なので、人による)。

理由は簡単で、悪い点数をつけられれば腹が立つからである。

筆記テストのように解答が決まっているものならば仕方ないが、レポートのようなものだと採点が曖昧である。実際、同じA評価でも、もう少しでSだったものとギリギリAだったものがある。それでも同じA評価になってしまう。なので、不平等に感じてしまう。

また、当たり前だけれど、レポートのコメントは、「ここを直しなさい」「このような書き方をしてはいけない」「ここが足りない」など、レポートの悪い点を指摘するのがメインである。たまに褒め言葉も書くが、「素晴らしい!」なんて書いても仕方がないので。

しかし、文字だとニュアンスが伝わらないので、とても強く言われているように思えてしまう。

一方、良い点数がつくと気分も良いので、多少の指摘でも「まあ、点数はSだし、指摘の部分は直そう」と心の余裕が生まれる。

こうして、本来は悪い点数がついた人ほどいっぱい直して欲しいのだが、実際には悪い点数がついた人は改善しにくくなる。そもそもレポートの返却を取りにきてもらうシステムにすると、良い点数のレポートほどなくなっている(取りに来ている)。

これは誰だってそうで、自分も大学生の時にレポートの点数がいまいちだと、「なんだ、あの先生わかってないな!?」と思っていたものである。。

ということで、個人的には悪い点数のついた人ほど、大きく改善するチャンスなのだけれど、なかなかそうはいかないのが人間の難しさである。

明治大学に入ってくるような学生だと、受験などを勝ち抜いて来た子たちなので、なおさら点数やら偏差値やらを大人に言われてきたのではないかと思う。大人や社会のせいな気もするが・・

外部の指摘をうまく選別し、感情的にならずにうまく自分の改善に繋げられるかは、レポートのみならずこれからずっと大事になると思うので、ぜひその能力も身につけて欲しいと思っている。

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